ああ嫌だ! もう嫌だ! とてつもなく嫌になったので、旅に出ることにしました。
旅に出るってどこへ? オーストラリアへ。
そして今、僕は空港のカフェテリアの中、「巨乳OL〜恥辱の調教」なるエロ小説を読みながら、キーボードを叩いている次第です。
今読んでいる「行きずりの凌辱」という章では、金沢麻衣という二十六歳の美人のお姉さんが、満員電車で尻を揉みしだかれているところです。
OLも大変ですね。でも、もっと大変なのは僕の今後の人生だと切に感じます。
今日はもうそんなにネタがありません。
だんだん店の中が混んできて、いい塩梅で欝になってきました。
もう無理です、いろいろ。
でも、頑張ろうと思います。
さようなら。

僕はくたばりたくなかった。

死ぬことってなんだろう。

少し前までは、誰にも悟られずにひっそりと消え去ってしまいたいと願う自分がいた。
高校のころは、校舎の屋上に続く階段を昇るたびに「今ここで自分が水蒸気のように空気中に霧散してしまえばいいのに」と、起こるはずも無い奇跡を神様に願ったものだった。
授業中には、「今、教室の床からにゅっと手首が生えてきて、僕をリノリウムの床の中に引きずり込んでくれないだろうか」と変な妄想をすることに夢中だった。先生の講義など上の空で、妄想世界の手首の妖怪をノートの隅っこにこっそり落書きしたものだった。最後には消しゴムで跡形も無く消してしまうものなのに、その手首の妖怪にご丁寧に影なんか付けたりして。大学生になった僕が高校時代のときのノートをめくってみても、そこにはただ板書を書き写した下手くそな文字が並んでいるだけだ。僕には英熟語や化学式や数学の証明問題なんかより、ノートに記しておくべきことがあったはずなのに、僕はあの手首の妖怪の落書きを綺麗さっぱり消してしまっていた。

あのとき、消え去りたい欲望はたしかにあった。だけど自分は死んだのだと、この世にいないのだと、周りにはっきりと知られてしまうのが恐かった。「誰にも悟られずに死ぬ」ことを望むのは、「どこかで生きている自分」というものを誰かに信じさせたかっただけかもしれない。忘れられていくのは辛い。だから僕は孤独なまま死にたかった。誰かと友達になることがなかったら、大切な人から忘れられていく痛みを味わうことはない。だから一人で死にたい。孤独な人間のままこの世界からフェードアウトしたい。僕はただ逃げたかったのだ。誰も僕のことを覚えてくれてないのではないかという不安から。周りから繋がりを絶たれる前に、自分からその命綱を切ってしまいたかった。「死にたい」とうめきつつも、死ぬことを一番恐れていたのは他ならぬ僕自身だった。

生きることは世間の中に我が身を曝すこと。死ぬことは世間の中から自分が消えていくこと。僕はその両方の真実から眼を背けて、生きることも死ぬことも嫌悪していた。僕みたいな人間は、一生、自分の命に感謝することは無いのかもしれない。自分の人生と仲直りできる人間は、この世界にどのくらいいるのだろうか。

もう、いいや。

夜、窓を開けてタバコを吸っていると、吹き込んでくる風が肌寒くて、もう夏は終わったのかと思う。午前三時。

夏休みっていうのは期待してたぶんだけ後悔することが多い。小学生のときからずっとそうだった。溜まった宿題を前にしてお先真っ暗になるのもいつものことだ。
「悔いのない人生を」ってよく言うけど、「悔い」を感じるくらい期待を抱けた人生っていうのもいいじゃないか。
夢とか希望なんてものは、山盛りに盛ったカキ氷みたいなもんで、一人で食べつくすことなんてできないもんだ。頭痛や歯痛に顔をしかめながら、それでも根性で食べ続けた人にだけやっとわかるもんなんだ。凡人は夢を追う人を恨めしがっていればいい。すねて妬んで腐りきって、僕は立派な凡人になりたい。
後悔、無気力、後の祭り。何でもありだ。叶えられなかった可能性の束を背負い込んで、どこまでも続いていけばいいじゃないか。
問題は、後悔することに耐えられる自分を作れるかどうかだと思う。後悔することになったのは誰のせいなんだ?悲鳴をあげて突き進むより、ぬるま湯の中で後悔することを選んだ自分はなかったのか?
そんな自分をまるごと受け入れて、僕はダメ人間だとヘラヘラ笑って、死ぬまでふんぞり返ってやる。

吸い終えたタバコをジョージアの空き缶でもみ消して、窓を閉める。沈黙。暗闇。ずっと一人。

頑張りたくない

明日に向かって生きる、というより、ずっと過去の思い出の中に留まっていたい。
どうしてみんなそんなに頑張るんだろう。まわりの仲間は少しづつ変わり始めている。
痛みに溢れている現在を突っ走っていくよりも、ぬるま湯の中に浸っていたい。それはまったく間違っていることだ。だけど僕は死ぬ前にこうしていればよかったと、ものすごく後悔しながら死んでいくことを選ぶ。辛い思いを味わってハッピーエンドで終わらせる人生と、最後の最後で失敗を悟る人生とではどちらに価値があるのだろうか。なんてことない、前者に決まっている。けれど死んで何にも無くなることはどちらも同じだ。
これからの人生にはそこそこの期待はしているれど、将来、直面するであろう苦痛に押しつぶされないだけの希望なんて僕にはない。弱っちいダメ人間。でも、ダメな人生を生きて何が悪いっていうんだ。
過度の幸福と、とんでもない不幸を避けて、死なない程度に生きて生きたい。
ゆくてを塞ぐ邪魔な石をひき蛙は廻って通る、だ。

ドアを叩く音で眼が覚めた。奥山くんだった。ひまだよ。遊ぼう。とのことだった。
「あそぶっつったって・・・」僕は渋った。伸びてきた髪を散髪しに行こうと思っていたのだ。
その旨を伝えると、奥山くんは眼を輝かせた。
「俺に切らせてよ」
「やだよ」
「クリスマスの映像、youtubeでアップするぞ」
「散髪お願いします」
僕は奥山くんに髪を切ってもらうことにした。さっそく電話をかける奥山くん。学科の女の子をギャラリーとして呼ぶためだ。僕は切った髪を捨てるためのゴミ袋を買おうと、コンビ二まで歩いた。

僕の下宿先と最寄のコンビニとの間には5つの学生マンションが立ち並んでいる。そのマンションの一つの部屋にそれぞれ一人ずつ人間が住んでいるわけだ。そうすると、僕がコンビニまで歩くわずかな距離の間でも、何十人もの人間の時間が流れているということになる。そしてその一人ひとりがまったく別の人生を生きているのだ。そう考えるとぞっとする。地球は僕が考えていたよりも遥かに重いものかもしれない。

タバコと燃えるごみ用袋30ℓを携えて部屋に戻ると、奥山くんは鼻毛を切る用のはさみを持って、玄関先に待ち構えていた。あれで切るつもりだろうか。奥のドアの隙間から女の子の姿が二人見えた。奥山くんが呼んだギャラリーさんだろう。部屋で切ると散らかるので、洗面所の中で切ってもらうことにした。
「ねえ、それって鼻毛切る奴だよね」
「うん。そう。これで切るの」
「まじで」
「そう言うけどさ、素人が上手く切るにはちっさいハサミのほうがいいんだよ。細かく丁寧に切れるから。素人がでっかいハサミを使っちゃうと、いつも失敗すんの」
・・・なるほど一理ある。それではお願いしますと、洋式便座に腰掛ける。
「じゃあ切るよ」
「うん」
「引っ張るから痛いよ」
「大丈夫だって・・・・・・あいたたたたた」
「動いちゃだめだよ」
「もっと、ソフトに、優しく切れないの?絶対、毛抜けたよ、今」じんじんする頭皮を押さえながら講義すると、「あー。俺さ、毛が抜けるときの痛みに快感を覚えてしまうんだよね。だから人が感じる髪の毛を引き抜くときの痛みとか嫌さ加減とか、いまいちよく理解できないんだよねー」と奥山くん。
「『できないんだよねー』じゃ、ねぇ!!」

けんかになりかけながらも、どうにかこうにか散髪が終了。これで鬱陶しかった髪の毛ともおさらばじゃ。
風呂場で体に付いた髪の毛を洗い流し、さっぱりした気分で部屋に入ると、目に付くのは床一面に広がる黄色い液体とその横に転がった空き缶とティッシュペーパーを片手にあたふたしてる奥山くん。女の子二人組みは完全自殺マニュアル三原ミツカズの漫画を読んでいた。僕が「何これ」と聞く前に、奥山くんは先回りして言い訳をする。
「ちがうって!俺じゃないって。今窓から雀が一匹、サーって飛んできてビール缶倒して逃げていったんだよ。いや〜はた迷惑な雀だなぁ!そんなにビール飲みたかったのかなぁ!」
アル中な雀もいるもんだ。酔っ払って、電線から落っこちてなければいいが。
完全自殺マニュアルを読んでいたほうの女の子が「凍死っていいらしいね!」と嬉しそうに叫ぶ。ああ、どこまでもゆるい世界だ。

人生も死ぬことも十年後の自分も、遠くの島だ。近づくこと無く、いつまでも遠くから眺めていたい。
おもちゃの機関車がくぐるトンネルの先には、もう出口がうっすらと見えているけれど、どうか神様、こんなちっぽけな僕に、あと少しだけ自堕落の日々を。

夜六時ころ、奥山君と連れ立って大学近くの定食屋に飯を食いに行った。
そのお店は夫婦で経営しているらしく、料理を作っている店長のおじさんも、ご飯をよそってくれるおばさんも、とても楽しそうに仕事してるように見えた。
茶色い木地の壁にはポスターが一枚飾ってあって、どこかで見たカップルが映っているので尋ねてみると、やっぱりジョンレノンとオノヨーコのポスターだった。ポスターの中でジョンとヨーコはとても幸せそうに微笑んでいた。
僕はポスターの二人に見つめられながら、アジの塩焼きを突っついた。
お勘定のときに奥山くんが、「こいつの髪の毛、僕が切ったんですよ」とお店のおばさんに話しかけたら、おばさんは「私も切ってもらおうかしら」と笑顔を返してくれた。店長のおじさんが後ろの方で照れくさそうにハハハと、笑い声を立てた。僕は何だか無償に嬉しくなった。好きな子を作ろうと思った。
店を出てから「上手かったな〜」と二人で声を合わせた。いつか彼女ができたなら、このお店に絶対誘ってやろうと思った。

はい。えーと、久方ぶりに日記を書きました。毎日、毎日ゆるい生活は続いております。これは人生の梅雨の時期だと、今まで思い込んでいたけれども、ひょっとしたらこの雨はあがらないんじゃなかろうかと疑問を覚え始めた今日この頃でございます。

雨が降ると、外に出て行く気力など湧かないわけで、先日、一人、「僕の人生はどうしていつも梅雨の空なのか」という問題を考えました。

答えは出ませんでした。無性に気持ちが暗くなりました。外は雨が降っておりました。僕はダメでした。

「もう駄目だ」という五文字は、たった五文字の言葉なのに大変恐ろしい魔力を持っております。まず自分のテンションを下げますし、特殊効果として視界を暗黒に閉ざすことだってできます。

だから「もう駄目だ」って言わないで、「まっ、いっか」って言葉を吐けるようになろうと思いました。健全なる思考停止を愛そうと思いました。世の中のいろんな世界に手を出してみよう、少しだけ勇気を持ってみようと決意しました。
そしたらどうでしょう。暗闇の中にぼんやりと一点の光が浮かび上がりました。そう、それは今にも消え入りそうなくらい弱弱しい輝きではありましたが、僕の目に映るその光は嘘ではありませんでした。思い切ってカーテンを開けてみました。雨はやんでいました。窓を開けると朝の街の匂いが流れ込んできました。車の影の見えない道路に描かれた車線は、ひんやりとした空気の中を突き抜けて、どこまでも続いているように思えました。僕はタウンワークを取りにコンビニまで歩きました。

自分に自信を持とう。
もし人生というものが、失った自信をもう一度取り返すためのプロセスであるのなら、いつからでもやり直せるはずだ。そうであってほしいです。

バイトの面接に行きました。まともな大人になるための道を自分でも歩けるような予感がしました。こんな気持ちを感じることをいつの間にか忘れていました。それまでたくさんの時間を無駄にしてきたけれども、不思議と悲しくはありませんでした。未来が自分を待ってくれていることを感じられたからです。

ああ!嬉しい!こんなにも世界は素晴らしいものだったなんて!息が自然と弾みました。


それから三日経った今日、未だに採用の電話はかかって来ません。
・・・・・・おかしいなぁ。でも、まっ、いっか!!

性病疑惑

最近、自慰行為にふけるたびに不安になることがある。
ちんこの裏に小さなぶつぶつができているのだ。高校のころから一人心配していたけど、これってまさか性病なのじゃないかしら。
電話で奥山君に相談してみると「それはやばいね、病院に行ったほうが良いよ」と言われる。
本気で不安になってきた。これでは風俗に行ったときにうっかり風俗嬢に性病を移してしまって、怖いお兄さんにボコボコにされる羽目になるではないか!なんとかせねば。男は即決だ!即断だ!
「明日、病院に行こう!泌尿器科に!」
「えー、自分一人で行けよ。性病が移る」
「一人は嫌!一人は嫌!」
「アスカかよ!」
翌日、僕と奥山君は市内の中央病院に来ていた。さすがに後悔と不安の嵐が頭の中を吹き荒んではいるが、ここで躊躇してたら男ではないので、勇気を出して門をくぐる。
よし、まずは診察の申し込み表を書かなくては。備え付けのボールペンを手に用紙に書き込んでいく。
名前。生年月日。住所。電話番号。職業・・・ここまでは書き損じなく順調だった。しかし次の欄に進んだとき、ペンの動きが止まった。

〜本日はどのようなご用件でこられましたか。症例をくわしくお書きください〜

呪われた三十三文字がそこにはあった。思い出すのは高校の数学のテスト。ど忘れした公式を応用した問題に行き当たったとき、これと似たような感情を思い抱いたものだ。くそっ、現実社会め。どうしてこうも言いにくいことをピンポイントでついてくるんだ。こんなものストレートに書いて出せるものか。受付のお姉さんがけっこう可愛い目なのもきわめて出しづらいじゃないか!


「さっき受付のお姉さん、笑ってたよね」
申込用紙を出し、うな垂れてる僕に、笑いを押さえ込んだ表情で奥山君が話しかけてくる。
「うるさい」
「あきらかに童貞の奴が、性病の診断って・・・」
堪えきれずに噴出す奥山君を隣に、僕は泌尿器科の前で名前が呼ばれるのを待っていた。扉の横に掲げてある電光掲示板に自分の番号がいつ映るのか怖くて仕様が無い。
マジで逃げ出したい。恥辱だ。陵辱だ。ちんこを担当医に裏返されるのだ。助けて!
「絶対、笑われてるね」と、奥山君はくるくる踊りながら言う。
「童貞のくせに、性病って・・・ぷっ!」 しつこい。
陽気な奥山君の横で頭を抱え込んでいると、看護婦さんが紙コップを手に近づいてきて、僕に手渡した。
「これに尿を取ってください」
看護婦さんは目を合わせずに早口でそう言うと、逃げるように去っていった。嗚呼、そんなに僕ってダメな人間なの?僕は人から目をそらされるほどに醜い人間なの?

「はい。そうです。性病ではありませんね」
診察室でチンコ丸出しの僕に、担当の先生は軽く言い放った。
「えっ、でも、小さなブツブツが裏側に発生してるんですけど、それってクラミジアとかじゃないんでしょうか?」
「それは毛根です。性病ではありません」
「でも、微妙に痒みがあるんですけど・・・」
「大丈夫です。尿を検査してみましたが、性病の菌は見つかりませんでした」
なら最初からそう言えよ!チンコ見せる必要なかったじゃん!
くそ。怒りの葡萄。赤面しつつズボンを履く。考えてみれば童貞の奴が性病に感染するはずがなかったのだ。

ドアを開けると、奥山君は壁伝いに話を聞いていたらしく、「あほじゃん」と僕を指差して笑った。
正直、僕も最近そう思う。
大学に入ってから、何一つまともなことはしていない。
こうして毎日、馬鹿な出来事の繰り返しで一日が終わっていく。
終わっていく人生。終わっている自分。
誰かの助けを待っているばかりで、自分から何かを始めようとしたことが今まであったのか。今日だって奥山君について来てもらわなかったら何もできなかったくせに。
どんなときも、どんな場所でも、結局僕は人任せのままじゃないか。
甘えられる空間を捜し求めているだけだ。そこに自信は構築されない。

夕方、二人でケンタッキーで夕食を取る。
「何か人の役に立つことできないかな・・・」独り言なのか、奥山君は視線を落としたままつぶやく。
「無理だね。奥山君には無理だよ」
憎まれ口をたたく。馬鹿にされてばかりで、何か毒のある言葉を言い返したかった。
「何でさ」
「だって奥山君はけっこう人の不幸を楽しんでいるでしょ」
少しでもいいから、誰かの心に傷をつけたかった。そうすれば情けない自分が少しでも報われる気がしたから。

「お前って、入学してからこの二年間、何も変わっていないよな」
奥山くんは静かにそう言った。
その言葉は自分の中で何度も繰り返された文句だけど、他人の口から発せられると、今までの人生がすべて判定されてしまった気分になる。

奥山くんの刺すような視線の奥に、決して折れることのない強さを感じて、僕は思わず窓の外へと眼を泳がせた。

そうして誰かと衝突する危険から逃れて、傷つくことを恐れて生きてきたんだ。