サンキュー、バイバイ。

突然ですが、実家に帰ります。大変なのは、これが一時期の帰省ってわけじゃなくて、本気で京都を離れてしまうってことです。大学の先生に相談して、話つけてきました。お別れを言えなかった方には、本当にごめんなさい。いろいろすみませんでした・・・。

下宿先の大家さんに退去届けを出してきました。実家の両親とも、夏休みの間に、何度か話し合ってきました。僕の、将来について。これからどうするつもりなのかってことを。

三日前、銀行の口座を解約しに、以前住んでいた三山木にまで、電車に揺られて行きました。電車の窓から、壊れた空き家が遠くの方に見えて、少し心を慰められました。家主の方には悪いのですが、壊れたその家を見て、僕は微笑みました。眼を細めようとしたら、瞼がプルプル震えて、ああ疲れているんだなぁって、悲しい気持ちになりました。「すごいクマやな!」って、よく言われます。すごく歳を取ってしまったような気分に、最近よくなります。こんなときに人はどこかに行きたくなるのかな、なんて、思いました。

三山木駅に着くと、懐かしい思い出がふわーって風に乗ってやって来て、そして去って行きました。「懐かしい」って思うのは、そこには戻れない自分を感じるからなのでしょうか。一、二年生のころは、よく友達といっしょに、ピーズの「シニタイヤツハシネ」を二人で歌いながら、この田舎町を歩いたものでした。「くだらない」ってつぶやいていた、あのころにはもう戻れない・・・。センチメンタルな気分に包まれた僕は、ホームへと登ってくる学生たちの波に逆らって、一人、階段を下りました。彼らの眼には僕はどんな風に映っているんだろう・・・。自然と眉をしかめてしまいます。ポケットの中で握り締めた十円玉は、汗でべとべとでした。

銀行の口座は、思っていたよりも手っ取り早く解約することができました。四年以上使い続けていたキャッシュカードとも、これでお別れです。用無しになったカードが、ハサミで切り刻まれるのを見つめていると、「故郷(くに)に帰られるんですか」って銀行員の方に聞かれました。思わず笑ってしまいました。「ええ、故郷(くに)に帰るんですよ」って、少し自嘲的に答えると、「そうですか・・・」と言ったきり、銀行員の方はそれ以上何も聞かれませんでした。

帰りの電車では、アイポッドBOATの「Thank You & Good-Bye」を聞きながら、窓の外の景色ばかり眺めていました。

「電車の窓の景色のように 二人のときは流れたけれど 風はいつかやむはずだから 君に幸せ願ってる」

小説なら、ここで涙を流すものなのかな、なんて、ぼんやり思いました。
泣けない僕は中途半端でした。思い出深い景色はずっと遠くの方に流れ去って行きました。
さようなら さようなら 心の中で手を振りました。

二日前、引越しの荷物を一通り送り終えた僕は、空っぽになった部屋の中、窓を開けてタバコを吸っていました。窓ガラスは大家さんに頼んで張り替えてもらったので、もう心配はありません。あとはスーツケースとシンセサイザーを持って、新幹線に乗るくらいです。
実家の両親に夕方までには着くからと報告の電話を入れました。

部屋の鍵を渡すとき、大家さんに「何か楽器をされるんですか?」と聴かれました。僕がソフトケースを担いでいたので、それで聴かれたでしょう。「キーボードを練習しているんです」とだけ、答えました。大家さんは「頑張ってね」と笑顔で見送ってくれました。ありがたいです。頑張ろうと思いました。

・・・京都とも、これでお別れです。
楽しいこともあったし、死にたくなったこともありました。
結局、何も身に付けることはできなかったけど、それでも大切な日々っていうのは確かにあったと思います。
ありがとう京都、バイバイ京都。
いつか京都で暮らした日々を、胸を張って誇れるようになるまで、頑張らなきゃ。