Nくん

「自分は真面目で善良な人間だ」誰もがそう信じていたい。僕だってその一人だ。けれど、ふとした出来事で、心の奥にある卑怯な自分の姿をちらっと見てしまうことがある。
僕の入っているサークルにN君という青年がいるんだけど、N君は僕以上に幸先が見えないダメ人間だ。
どこからどう見ても、将来どうするんだろうこの人、みたいな感じなのに、Nくん自身はまったく焦りや不安といったものはない。いつでも自信たっぷりだ。そんなNくんを、僕ははたから見ていて「どうしてお前はそんなに余裕なんだよ!」と、心の中で激しいつっこみをいれずにはいられなかった。
Nくんはダメ人間のナルシーなのだ。
たとえば僕が、サークルの友人と話してたりすると、つつつ・・・とN君が近寄ってきて、「あのさ、俺って、外人っぽい顔してない?ほら、眉毛と眼の位置が近いっていうかさ・・・最近気づいてきたんだけどね」なんて、自慢してくる。へぇ、そう。友達は優しいから「そうだね」と、相槌を打っていたけど、僕は正直うんざりきちゃう。君が外人っぽい顔してるなんてどうでもいいよ!君にはもっと他に気づくべきところはあるだろうに!
そんなNくんは必然としてサークルの中で浮いてしまい、同じ匂いを感じるのか僕の姿を見つけてはつつつ・・・と近寄ってきて「あのさぁ・・・」と話しかけてくる。僕一人のときは別にいいんだけど、友達と二人で話しているときにいちいち付きまとわれると、まことにうっとうしい。友達の斉野くんはそれでも気を利かせて、Nくんに下ネタを振ったりするのだが、「俺ってさ、そういう下品なことには、あんまり興味が湧かないんだよね」と、Nくんはばっさり斬り捨てる。
Nくんはそして自分の知識をうんちくするような癖があった。彼は最近、洋楽に懲りだしたらしく、やたらうんちくうんちくしてくる。マルコム・マクラーレンがなんだの、クラッシュがなんだの。まぁ、ようするに「俺って音楽聞いてるぜ!!」ってのを自慢したいだけなんだろうけど、そんな自慢話を聞かされる僕は、正直ウザイっていうか、なんというか、ちょっと前の自分を見ているようで、よけいにN君が憎たらしく感じるときがままあった。
だから、最近になってからは意図的にNくんを無視するようにしていた。学校でNくんとすれ違っても、あらぬ方向を見て、気づかないフリをした。
今日のサークル飲み会のときもそうだった。Nくんはいつものごとく僕の隣の席に座って、会話に参加したそうにしていたけど、僕はNくんに背を向けて、わざとNくんが入って来れないような話の流れを作っていた。
Nくんはやっぱり寂しいのか、僕の服をちょいちょい引っ張ってくるんだけど、僕はうるさそうな眼で舌打ちするだけで、Nくんを無視し続けた。それどころか、「Nくんって、外人っぽい顔してるよね!!」と、悪意のある冗談をかましたりした。別にかまわないと思っていた。みんなやっていることだし。
夜10時を過ぎ、みんなが帰りじたくを始めたころ、僕が席から立ち上がると、Nくんは無言でそばに置いてあった僕のカバンをとって差し出した。
おっ、Nくん、なんか気使ってるな。今日はちょっと悪かったかな・・・少し後悔した。
帰りの電車で一緒になったNくんは、車両の中でずっと無言だった。普段馬鹿にしていたNくんだけど、黙り込むと、異様な威圧感がある。
別れ際、改札口のところでNくんは僕を正面から見つめて、言い放った。
「オクナくんは、ポーザーだね。人によって、ころころ顔を変える」
一瞬、意味が分からなかった。思わず聞き返す。「どういう意味?それ」
「わかるでしょ。人を選んでポーズを変えているんだよ、君は」
ズドン!拳銃で撃たれたような気分だ。呆然と立ち尽くす僕を置いて、Nくんは雨の中を一人歩き去った。
何も言い返せなかった。たぶん、Nくんは僕の見たくなかった僕自身の姿をまじまじと見ていたのだろう。
人によってころころ態度を変える卑怯な人間、それが僕だった。
弱い人の立場をわかっているつもりになっていた僕こそが、一番の勘違い野郎だった。
ああいう扱いをされたときの辛さは、僕も知っていたはずなのに。
ごめんなさい。いい気になっていた僕が馬鹿でした。
そして、N君に無許可でこんなブログを書いてしまいました。ごめんなさい。全人類にごめんなさい。