栗ケーキ

毎日、毎日、同じことの繰り返しが続いている。どうにかしなければ。
頭ではわかっているつもりになっているが、「もうだめだよ。あきらめちまえよ、人生」と囁いているもう一人の自分がいる。それでまた「どうにかしなければ」という呟きに戻る。永久ループが繰り返されている。やばい。
「君は一年前から何も変わってないね」
「オクナ君には進展が無さ過ぎるよ」
よく言われる言葉だ。わかってるよ。じゃあ、僕はどうすればいいの?教えてくれよ!
こうして、すぐに他人に答えを求めようとする甘えた自分がいる。くそー。俺、もう二十歳なのに!
たしかに僕には進展がない。だから、どんどん周りのみんなに置いていかれているような気持ちになる。
運動会の100メートル走で、笛が鳴ってから、みんな一斉に走り出している。その後ろ姿をぽけーっと眺めているのが今の僕だ。こんだけ遅れたんだから、もう頑張ったって無理だなと、ふてくされている。もうすでにゴールを迎えているやつがいるってのに、いまだにスタート地点で鼻くそほじっているんだ。
大学に入学したてのころは、ただ漠然とデカダンスな雰囲気に憧れていただけだった。夜中に酒を飲んでは、ちょい悪じゃん!と、うかれていた。ダメ人間であることを、何故だか知らないけど、かっこいいと思っていた。
それがいけなかった。

夕方、奥山くんが「ちょっと家寄っていけよ」と言うので、授業をサボって遊びに行った。今日は一つも授業に出ていない、けどまあいいや。
奥山くんから抗鬱剤をいただいて、水で流し込む。
抗鬱剤は偉大だ。潮が満ちてくるように、少しずつテンションが上がっていく。ただ食欲が増加してしまうため、大食いしてしまう危険があるけれど。
4時くらいになり、そろそろお暇することにする。ちょうど僕のアパートへの帰りみちに、食品スーパーがあるため、「じゃあ、俺も食材買いに行くから一緒に行こう」と、奥山くん。
二人でとぼとぼ三山木を歩く。
一年前に眺めたこの景色は、今ではひどく色あせたものに見えた。
夕陽に染まった大きな鉄塔も、何かの抜け殻みたいで、なんだかもの寂しい。
しかし、どうして僕はこんな風にものごとを眺めてしまうのだろう?
なんて呆けていると、奥山くんがいきなり「童貞っていう名前ってよくない?」と、切り出した。
うん、まぁ、いいんじゃないの?童貞。良いネーミングセンスだよ。たぶん。
適当に答えておいた。
その瞬間から僕のニックネームは「童貞」となった。
「最高じゃん!そしたらオクナくんだってちょっとは焦る気持ちになれるでしょ?君は童貞を捨てなければいけない。いい?童貞を捨てるまで君の名前は『童貞』だ〜」
ものすごく嬉しそうな顔で奥山くんは笑う。悪魔だ。うんこ食わせようとするし。
けど、その反面、申し訳ない気分になる。
ごめんよ。僕がもっとしっかりしていたら、いいだけなのに。ずっと変わらないでいる僕がいけないんだ。
僕はなまけものだ。いろんな人に迷惑を掛けている。それなのに、自分から動こうとしない。

食品スーパーに向かう途中、スーパーの近くの酒屋さんが閉店セールをやっていたので「こりゃお得だ」と中に入る。お菓子やレトルト食品がすべて半額になっていた。レジにはお婆さんが立っていて、久しぶりのお客だったからか、親しみをこめて話しかけてくれた。なんとなく嬉しい。奥山くんは桃の缶詰を買って、缶きりをサービスしてもらっていた。僕はどうしようかな、と物色していると、「栗ケーキ」というお菓子が眼を引いたので購入する。パッケージには栗の絵と、スポンジ状のケーキが魅力的に描かれていて、こりゃ上手そうだ、と確信したからだ。ああ、また太ってしまう・・・

帰り際、「じゃあな、童貞」と言って去っていった奥山くんに、呪詛の言葉を投げかけながら一人マンションへと帰る。昼ごはんを食べてなかったからひどく腹が減っていた。栗ケーキでも食うか。
しかし、栗ケーキはパッケージから取り出してみると、生地が乾燥しているのか、スポンジがパサパサでおいしくなかった。袋の上から見たときは、ものすごく美味しそうに見えたのに、いざ開いてみると、こんなもんだ。
中身がパサパサの、つまらない人生だ!
おかしくなってククク・・・と笑う。もう、何も、する気が起きない。
だからベッドの中に飛び込んで、毛布を被って眠ったら、奥山くんにウンコを食わされる夢を見てうなされる始末。
今、飛び起きてこのブログを書いたんだけど、なんだかなぁな人生であるよなぁ。