田舎のニューウェーブと赤いバス。

20代を迎えて、はや三年目。
普通の人なら、学校を卒業して、子ども時代を卒業して、バリバリ働いているのが当たり前な年齢ですから、やはり、この時期に実家に帰省すると、昔の同級生について、いろんな話を両親から聞かされます。
中学の時、一緒のクラスだったあの子は今、どこに勤めているのかとか、○○ちゃんには、もう二人目の子どもが生まれたのよ、とか。
恐ろしい田舎の情報網。

ミクシィなんか書かなくても、私生活のほとんどは筒抜けです。人口一万人程度の、くそ田舎だからなぁ。おいそれとコンビニに行くわけにもいきません。誰に見られているのか、わかったものじゃないです。

この前、病院に行きましたら、まったくの赤の他人の看護師さんに、いきなり声を掛けられました。
……ほっといてよ!!
僕はどんな感じで噂されてるのかな…。悪い例で持ち出されていることは、まず間違いないでしょう。それはそのはずです。
一人で家にこもっていても、気分が滅入るだけですから、市内の中心部へCDを買いに行きました。
「市内」と書きましたが、僕の住んでいる県には、「市」と呼べるほどに発展した地域が一つしかなく、そのため「市内に行く」と云うのは、バスに一時間以上揺られて、はるばる中心部へと旅立つことを意味します。
バスの窓に映る、延々と続く田園の風景。
実に模範的な、九州の田舎のイメージの廉価盤。
初めて田舎へ来た人の80パーセントが、間違いなく「わあなんてのどかなんだろう。癒されるなぁ」と呟くであろうこの景色は、地元民にとっては牢獄なのです。
……いや牢獄は言い過ぎた。箱庭ですね。箱庭。
ここで君は生きて年老いくんだよ。はい。これが境界線。って感じで、神様が大雑把に区切ったエリアが、つまりこの景色。
遠くには、透明のビニールハウスが連なって、お昼の太陽に照らされて、輝いております。
信号が驚くほど少ない道路を走っているので、渋滞というものにまったく無縁の二車線道路を、バスはのたのたと走ります。
僕の住んでいるところには鉄道など、通っておらず、県民の足は自家用車か、運賃の馬鹿高い県の公共バスに限られております。
僕の県の公共バスは赤く、その赤さゆえに県民からは「赤バス」と呼ばれ、親しまれております。
僕はいちおう、免許証を持ってはいるのですが、車に乗ってしまうと、うっかり人を轢いてしまいそうで怖いので、こうして毎回、赤バスに乗ります。
ちゃんと、運賃の610円を運賃箱に投入して、赤バスに乗ります。
こんな風に、窓の外ばかり眺めているのは、誰か知りあいが乗ってきても、無難にシカトできるようにするためです。もちろん声をかけられても知らんぷりできるように、アイポッドの音楽はいつだってフルボリューム再生です。
CANを聞きます。ジョイディヴィジョンを聞きます。マイブラを聞きます。キリングジョークを聞きます。クラウス・ノミを聞きます。
田舎のニューウェーブです。
友達は、あまりいません。
僕は一人ですよ。悪いですか。
「You can do Anything…」 イアフォンの中で、CANのボーカルのダモ鈴木氏が死にそうな声で『Paper House』を歌ってます。
……ハハ。なんで、こんなに寂しい人間になっちゃったもんだろうかな。
いつもの通り、言い訳めいたいじけ思考に逃げ込もうとしました。そしたらバスのスピードが急にカクン、と落ちました。
ただでさえトロトロ走っているくせに何だろう、と思って、フロントガラスを覗き込んでみると、車二台分前の道路を、農作業用のトラクターが走っているではありませんか。
ラクターとは、あのトラクターです。真っ赤なボディに田圃の泥のこびれ付いた、車体の後部に土を耕すための回転鍬のついた、あのトラクターです。
都会の方の常識では、とうてい考えられない話かもしれませんが、国道車線を農作業用のトラクターが走るというのは、僕の町では実際、起こりえる出来事なんです。日常茶飯事、とまではいきませんが、少なくともメタルスライム以上の遭遇率はあります。
運転していたのは、見た感じでは70歳は優に超しているであろう、お爺さんでした。
お爺さんのトラクターは、ダッダッダッと、エンジン音を弾ませながら進みます。
ダッダッダッダッダッダッダッダッ……。
永遠に、ずーっと、途切れずに続いてしまうような気さえ抱かせる単調なリズム。八分音符。
……おい、どうするつもりなんだ?
焦燥の気持ちがぶわぁと湧いて出ました。
僕は誤魔化そうと、大げさにくしゃみをしてみました。鼻水が手のひらに付きました。
ぬぐうものが無かったので、こっそり靴下で拭きました。僕は、そういう人間です。

2時間後、僕は市内で「想い出波止場」の『金星』を買いました。
こんな日には「幽霊山脈のテーマ」を聞きながら、どうしようもない自分を笑いましょう。
ダメ人間!

『ダメ人間』って言葉を、なんの引け目をも感じることなく使うことが、最近は難しくなってきました。「俺はダメ人間だ!」と言って、得意がっている場合じゃ、いい加減、無いんですよね……。

アーメン!!