どこの黒澤様だ。

こんな夢を見た。
夢の中で僕は無免許の癖にバイクに乗って川沿いの一本道をかっ飛ばしていた。しかしかっ飛ばすといっても時速三十キロぐらい。僕の乗っているバイクは型が大きく真っ赤なボディはものすごくごついのに、乗ってみると大してスピードは上がらず速度は原チャのチョイノリぐらいの見掛け倒しなのに、僕は無理やりにでも満足して一本道を疾走とは程遠いスピードで走っていた。僕は記録に挑戦しているのだ。何の記録なのか意味不明なのだが、走っている僕はけっこう本気で過去の記録の壁をぶち破ろうと躍起だ。今のところ調子はいい。目的地のライブハウスまで残り半分の距離だ。なんでゴールがライブハウスなのかなんてさっぱりわからないけれど。
歩行スピードの数倍の速さで展開する眼前の景色に、僕の脳は高潮する。脳が頭蓋の中を回転して、ウルトラCの大技を決める。脳は僕を無視して勝手に熱くなっている。
沸いた僕の脳内に過去自分が犯したさまざまな失敗が突然フィードバックしてくる。思い返したくもないあれこれ。上手く立ち回れなかったあれこれ。結局あのころ僕は自分のことしか考えてなかったのかと、未だにトラウマと反省のしこりを残し続ける数年前の失敗の数々。
けどいいんだ。別にいいんだ。今、この真っ赤なバイクにまたがっている間は、そんな過去の重荷なんか考えなくたっていいんだ。思い出は足かせになってバイクの速度を鈍らせるんだから。
僕は三角定規の鋭角なみに腰を落として車体と身体を密着させ、アクセルを強く踏み込む。けどスピードは上がらない。それどころかさっきより幾分減速してきてるみたいだ。おいおい頑張れよもっと速く走れるだろ。頼むからスピード上がってくれよ。頼むから。
どんなに祈っても祈りは叶えられない。僕はこのときエヴァを起動させることができないシンジ君の焦燥と悲願をかなり正確に理解する。
バイクは老衰した何かの死体みたいに疲れきっていて、今にも横転しそうな気配満点だ。なんだよそれ。どうして人生は駆け抜けないのか。ひょう! 楽しくってしょうがない。
しかしなんだかんだで僕は目的地のライブハウスにゴールインする。夢の中では無秩序な時間省略が頻繁に起こるから困る。僕は駐車場にバイクを止めて、トレーニングのためライブハウスの中を一周しなくてはと、運動靴に履き替えてドアを開く。するとライブハウスの中から出てきた中学の元クラスメートと鉢合せする。「おっ」「うわ」「久しぶり」元クラスメートは親しげに話しかけてくれたが、その姿は中学のときよりももっと大人びてかっこよく、肩に背負っている銀ピカのギターが彼の輝かしい人生を表していて、それに比べて自分は、と、情けなくなった瞬間に僕は気づく。ああ、そうだ。今日はこいつがやってるバンドのライブがあってたんだ。ライブハウスからアンコールを求めるファン達の盛大な歓声と拍手が漏れてくる。大人気だ。
「ごめん、おれ、ちょっともういっぺん中戻って一曲やってくるわ」「・・・うん」「ていうかさ、なんで今日ここまで来たの?運動靴なんか履いて」「いや、ちょっと、バンド頑張ってるかなー・・・って」「あ、ライブ見に来てくれたんだ?ごめんな。もう本番は終わっちゃてて・・・アンコールあるから、ちょっと聞いていかない?」
元クラスメートは優しい。こんな見果てた世捨て人のような僕にも、フレンドリーに昔のまま接してくれる。ありがとう。でも、彼の温かい気遣いは断る。悪いよね、さすがに。こんな僕が客席にいたらね。自分が居た堪れない。屑だ。

僕はとぼとぼと駐車場に引き返す。しかし、そこに真っ赤なバイクの姿はなかった。盗まれた?いや、それはない。時速三十キロの見掛け倒しのバイクなんて、誰が欲しがるものか。おそらくきっと、自然消滅したんだ。疲れきった僕のバイクはため息を吐きながら夜の空気に溶けて消えたんだ。

どうしようもない喪失感の中、遠くからいつか聞いたメロディが流れてくる。ピーズの「日が暮れても彼女と歩いていた」だ。おいおい、と僕は思う。僕には彼女もできないし、女の子と夕暮れの町を歩いた覚えなんて皆無なのに、これBGMとして不似合いじゃないのか?そんな胸に染みるような物語、僕の人生にはまるで無いぞ。

人生があらゆる物語から置いてけぼりを食らっているような不安と倦怠。たくさんの物語が至るところで流れていて、その一つとして僕が参加している物語はない。物語の喪失とともに人との絆も一緒に消えていく。冬休みに地元に帰ってきて思い知る。僕は一人なのだと。

実家に帰ってきて遊ぶ友達もなくて、日記に書くネタもなくて、そんで夢の話か。
うふふ。終わってる。うふふ。完。