ひょひょー。

もう自分自身にうんざりしました。僕は旅に出ます。一からやり直して社会に忠実な犬になります。なってやりますとも。
思えば今までの人生、リアルな体験っていうものがなさすぎた。リアルな恐怖、リアルな喜び、リアルな焦り・・・
そうだ。今の状態のままではまるで分厚い防護服ごしに乳を揉んでいるようなものではないか!なんか物足りない!
もっとひりひりした体験が僕には必要だ。
今の暮らしはたしかに楽しいっちゃあ楽しいけど、ぬるま湯の中でのぼせているような感じ。あかん、このままでは。
奥山くんは焦ってる。奥山くんの漫研の友達もまた焦っている。タイムリミットは近づいている。なのに、僕は一人のほほん顔。
就職活動? なんですかそれは。ほほほ。
僕はタイタニック号とともに沈むのか!?
でも、実際に焦りとか悩みとかを持ってないから仕方がない。僕はまるで、かまぼこみたいに中途半端だ!!

「もっと眼に厳しい光を宿せよ。甘えてんじゃねーよ。剃刀みたいな男になれよ!」
って奥山くんに説教された。
ほほほ。でもでも、豆腐をいくら鍛えても鉄にはならんように、僕はいくら鍛えても立派な男にはならんのですよ。
仮想現実に逃げよう!!だって迫り来る氷山からは出来るだけ眼を逸らして、愉快なパーティーに興じたいじゃない?さあ踊れや踊れ。俺らは皆、赤ちゃん人間だ!!

「駄目やで!オクナくん。君はこのままじゃ、単位も取れず、就職も出来ず、親戚からは嘲笑され、そして三十を迎えてもいまだに童貞を捨てきれないまったくの屑になっちゃうよ!!」
ごごごごご。わああ。わああ。氷山が、氷山がタイタニック号にぶつかるうう。
でも、うろたえてちゃ駄目駄目。こんなときは形勢を立て直せばなんとかなるはず。
「君はあと一年後に差し迫った就職活動という現実を、何故見ようとしないのだ!!」
どごーん。
わあ、タイタニック号が沈み始めたぁ。もうたすからねえー。死ぬしかねえー。
僕の脳内でたくさんの人間が嗚咽号泣を始めた。だから頭の中ががんがんするよう。
まじででじま!?現実って気づいたときはすでに手遅れってよく言うけど、本当だぁ。
どーしよう。どーしよう。パパからもらったクラリネットを壊してしまった女の子よりも、絶対僕のほうが「どーしよう」だ。どーしよう。どーしよう。だって、救命ボートは人数の半分しか積んでないし、何故、僕はライフラインを残しておかなったのだ!!
ファイナルアンサー? 待ってよ、みのさん。人生のファイナルアンサーをだすにはもうちょっとモラトリアムが必要だよ・・・でも、船は沈んできてるしなあ。ああ、諦めようか。一人むなしく引きこもろうか。
すると何ということだろうか。船べりのほうから一条の光が指した。
「オクナよ。慌てるでない」
「はっ。その声は奥山くん!?でもなんでこんなところに?」
「お前にはリアルな感情が足らなすぎる。君は今のまま、のーのーと生きておったら、靴下の中に入りこんだ砂利のようにうざったい存在になるぞよ」
「ははーっ。でもしかしですね。リアルな感情ってのがそもそも何なのかわかんないんすよねえ。たぶん今感じているこの焦りもぶっちゃけ一時的なものっつーか、寝たら忘れてしまうかもしれない危ういものかもしれないっすからねー」
「オクナよ。お前は救えない奴じゃ。それならば一度、無謀なことにチャレンジしてみるがよい」
「むぼーなことっすか?」
「そうじゃ。これからお前はチャリンコにのって京都から実家の九州まで帰ってみるが良い。その旅のなかでお前は一人でいろいろ考えるのじゃ」
「えっ。それじゃ、自分の夢に途中でくじけてしまったら一体どーすりゃいーんすか?」
「そんときはすっぱり夢を諦めて、社会の犬になるのじゃ・・・」
えっ?まじっすか?あ、あ、奥山くんの姿が消えていく・・・
くっそう。こうなったらやるしかない。リアルな感情が湧かないんなら作り出すしかない。徹底的に無駄な努力をしてやるよ!ひょひょー。